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(スカーレルとアティ)
「アタシ、――なのよねぇ」
え、すみません、聞こえませんでした、そう言いながら振り返る瞬間揺れる髪の毛を見ていた。血よりも鮮やかで肉よりも色濃い、不思議に綺麗な色。細い腰は、蹴りの一つでも入れたら簡単に砕けてしまいそうだった。
「さっき、なんて言いました?」
申し訳なさそうに笑う顔を見て、わらう。別に、聞かれたくて言ったわけではない。聞かせるように言ったつもりもない。風が吹くその瞬間、風上にいる彼女には聞こえないように、ただぽつりと。自分でも何故言ったのかわからないくらい、とてもつめたい言葉。
「自分で言ったことなのに、ド忘れしちゃったわ……老化かしら」
「ぴちぴちのお肌で何を言ってるんですか。もう」
「あらやだ、センセのもちもちした肌には負けるわよぉ」
「も、もちもちって……わたし、そんなに膨れて見えますか?」
細い指先が、頬を。こめかみを。顎を、喉を、触れる。太っているわけではない。ただ、健康的につややかに、ふっくらと。触れると気持ちよさそうな、裏路地にいる女たちとは違ったやさしさが、ある。
そう、触れると、気持ちよさそうな。触れてみたいと、誰かに思わせそうな。けれど決して、触れやしない眩さ。例えば薔薇のような、美しいのに誰かを傷つける、そんなもの。いや、そんなものじゃない。誰彼構わず傷つけるわけじゃない。そうじゃない。
彼女を眩しいと思う人間のみを傷つける、ひどい、肌だ。
「もののたとえよ、たとえ。センセが太って見えるなら、ソノラはどうなっちゃうの」
「ソノラは十分細いじゃないですか。見てて心配になっちゃう」
「同じ言葉をセンセにも言ってあげようかしら?」
からかうように目を細めると、彼女は困ったように笑みを浮かべた。
目が、潰れてしまいそうだ。
「……そうだ、そろそろ授業の時間じゃない?」
「あ! いけない、そうでした。ありがとう、スカーレル!」
どういたしまして、と声をかけたと同時に、細い体が踵を返す。長い長い髪の毛がふうわりと風に流れて、その色が焼きついてしまいそうで、瞼を伏せた。
風下に立つ自分へと流れてくる、強烈な香り。臭いとか、濃いとか、そういうわけではない。よほど集中しなければ気づかない程度のやさしい香りが、ただただ強烈に頭を刺す。それだけ。
遠ざかっていく彼女の背に、刃のひとつでも突き立ててしまいたい。
「――アタシ、嫌いなのよねぇ……」
まばゆい光は、残酷だ。
去って行く細い体が、とてもとても、憎らしかった。
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